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2010年9月20日 (月)

享年

35歳で亡くなられた独身男性の遺品整理にうかがって参りました。新米キーパー中年です。

連休の渋滞に巻き込まれた道中は少々ならず辛かったですが、そしてお形見品のお届け先がエレベーターのない5階のお部屋だったのも軽いめの試練でございましたが、作業終了時にお父様が「今日、仏壇が届いてね」とおっしゃるのを目で追いますとそこには新しい仏壇とご遺影がありました。

そうか、35歳ですか。

そしてつらつらと考えますに、わたしは、35歳で死んでいたら嫌だったなと思うのです。わたしの場合それは5年ぐらい前に当たるのですが、その当時の状況とその後5年間のできごとをざっと振り返ってみると、5年前よりは今日のほうがいいな、なんて思うのです。死ぬならば。

もちろん死にたくて言ってるわけじゃなし、死ぬときに未来に何があるかわかるわけでもなし、言っても詮ないことではあるにせよ、なんだかそう思うのです。

 

人は何のために生きるのか、という問いに対する答えのひとつとして、マズローという心理学者は「この世に存在しうる最高の○○(自分の名前を入れて口に出してみてください)を実現するため」と言いました。いわゆる「自己実現」です。

しかしどんな自分が「最高の自分」なんでしょう。とりあえず、その答えが「今の自分」と思えるならいいですね。それは、明日の自分が「ああ昨日死ななくてよかった」と前日(今日)の自分を振り返る、ことを目指すということでもあります。

あるいは、遺品整理のこの仕事で、自分より若い人の死を身近に感じる場所に立つとき、わたしたちは、比喩的に言うと、軽く死ぬのではないか。その年齢で死んだ自分を無意識に想像しようとしてしまうのではないでしょうか。そうして「あの時点から何年生きて、わたしはどうだったんだろう」などと思ってしまったりも。

他人をだしにするみたいにこんなことを書くべきではないのかもしれません。しかしそれでも、明日も「昨日より今日の方がいい」「今の方がいい」と、今日みたいに思えますように。みなさまもそうでありますように。

 

 

「今が最高だと言えるようになろうぜ」

 

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